私の雪への愛は、毎日長岡大橋を渡るときの運転席から見る世界と、北東の勉強部屋の窓から見えるの家の前の小路の様子と、キッチンの小窓からの隣の庭の眺め、南西の居間からの奥へ直線的に伸びる空き地と路の景色に、あっという間に育まれた。
ピアノは弾けるようになりました。
ピアノの練習をしている。毎日ほんの少しの時間をみつけては、居間にある電子ピアノに向かっている。
曲目はサティ「冷たい小品」の「でたらめなダンス」。
高橋悠治さんの「サティ:ピアノ作品集1 」(1976年録音)(初聴きは、小さい娘のピアノの発表会を聴いているような心持ちだった。とてもストレートに、情緒や風情、ロマンチックな贅肉の全くない骨と皮で肋の透ける、それでいて瑞々しく強さをもつ様。)を聴いていたら心底弾いてみたくなった。
ピアノを習ったことはない。でも子供の頃は家にオルガンがあった。楽譜は少ししか読めない。今回初めて楽譜を買った。
楽譜ではタイトルは「冷たい小品集」「ゆがんだ踊り」となっている。似たようなメロディが少しずつ変容し続けていく内容で、章節の区切りもなければ、拍子やくり返しの記号もない。
はじめは娘に音符を読んでもらい、弾いてみてもらって鍵盤と指の位置でおぼえた。そのうち娘の暇を待っていられなくなって、楽譜の線を指で数えながら音階を確認して、鉛筆で「ド」とか「ファ」とか書いてからおぼえて弾いた。弾き進めるうちに、おぼえきれなくなって、やはり楽譜をちゃんと読んで自分の弾いている場所がどこなのかわかるようにしなくちゃと思い、そらで読むようにしてすすめ始めたのがこの三部作のIIの頭のところ
音符を文字のように読みながら、鍵盤の指に置き換えて音に変換していく。
五線譜の上に

と書いてある。
そして、私は本当に通過していた!
楽譜の音符の配置、私の指の動き、低音から少しづつ、左手と右手がつながって流れて上下運動をくり返す。伴奏と主旋律は交じり合っていて、運動は周回運動だったことに気づく。ぐるぐると周りながら行きつ戻りつし、少しづつずれていて、本当に空間を通過していく。
このこと本に書いてあった。この空間には「カフカノート」読んだ時にも入っている。はっきり、私はその空間のあることがわかった。それは、そのときだけ出現したり、触れることができたといった類のものでなくて、出現して、在り続けている空間なのだ。そこに私は、楽譜と指とピアノを頼りに、現実的に入っていける、そういう場所。心象風景みたいな情緒的なもののことではなく。
悠治さんが、保坂和志さんとの対談で言っていた「言葉の周りの空間」と同種のものだと思う。変換作業によって在るもの。私は楽譜があまり読めなかったこと、そこのところを注意深く初めてやったことが幸運だったのだと思う。
ちょうど同じタイミングで友人から『現代音楽の記譜』(エルハルト・カルコシュカ著/入野義朗訳_全音楽譜出版社)という本を借りている。五線譜ではない色々な方法で書き表された楽譜の実例の、視覚的な美しさにも勿論魅せられるのだけれど、譜面が要求している関わり方、距離の取り方が多様であることに驚いた。音を楽譜に置き換える、楽譜を音に(又は声に)置き換えるその作業、視覚的な作用に様々な空間を想う。
曲目はサティ「冷たい小品」の「でたらめなダンス」。
高橋悠治さんの「サティ:ピアノ作品集1 」(1976年録音)(初聴きは、小さい娘のピアノの発表会を聴いているような心持ちだった。とてもストレートに、情緒や風情、ロマンチックな贅肉の全くない骨と皮で肋の透ける、それでいて瑞々しく強さをもつ様。)を聴いていたら心底弾いてみたくなった。
ピアノを習ったことはない。でも子供の頃は家にオルガンがあった。楽譜は少ししか読めない。今回初めて楽譜を買った。
楽譜ではタイトルは「冷たい小品集」「ゆがんだ踊り」となっている。似たようなメロディが少しずつ変容し続けていく内容で、章節の区切りもなければ、拍子やくり返しの記号もない。
はじめは娘に音符を読んでもらい、弾いてみてもらって鍵盤と指の位置でおぼえた。そのうち娘の暇を待っていられなくなって、楽譜の線を指で数えながら音階を確認して、鉛筆で「ド」とか「ファ」とか書いてからおぼえて弾いた。弾き進めるうちに、おぼえきれなくなって、やはり楽譜をちゃんと読んで自分の弾いている場所がどこなのかわかるようにしなくちゃと思い、そらで読むようにしてすすめ始めたのがこの三部作のIIの頭のところ
音符を文字のように読みながら、鍵盤の指に置き換えて音に変換していく。
五線譜の上に

と書いてある。
そして、私は本当に通過していた!
楽譜の音符の配置、私の指の動き、低音から少しづつ、左手と右手がつながって流れて上下運動をくり返す。伴奏と主旋律は交じり合っていて、運動は周回運動だったことに気づく。ぐるぐると周りながら行きつ戻りつし、少しづつずれていて、本当に空間を通過していく。
このこと本に書いてあった。この空間には「カフカノート」読んだ時にも入っている。はっきり、私はその空間のあることがわかった。それは、そのときだけ出現したり、触れることができたといった類のものでなくて、出現して、在り続けている空間なのだ。そこに私は、楽譜と指とピアノを頼りに、現実的に入っていける、そういう場所。心象風景みたいな情緒的なもののことではなく。
悠治さんが、保坂和志さんとの対談で言っていた「言葉の周りの空間」と同種のものだと思う。変換作業によって在るもの。私は楽譜があまり読めなかったこと、そこのところを注意深く初めてやったことが幸運だったのだと思う。
ちょうど同じタイミングで友人から『現代音楽の記譜』(エルハルト・カルコシュカ著/入野義朗訳_全音楽譜出版社)という本を借りている。五線譜ではない色々な方法で書き表された楽譜の実例の、視覚的な美しさにも勿論魅せられるのだけれど、譜面が要求している関わり方、距離の取り方が多様であることに驚いた。音を楽譜に置き換える、楽譜を音に(又は声に)置き換えるその作業、視覚的な作用に様々な空間を想う。
新潟市でのグループ展
無事終了しました。
どうもありがとうございました。
■セッション2012:2画廊の推薦作家による
出品作家
画廊フルムーン:蓮池もも・早川 昌
楓画廊:コイズミアヤ・鈴木宏美・ヤマクラコウジ
2月10日〜19日11:00〜18:00 15休廊
Kaede Gallery + full moon
この展示について
「みずからみず」に記事を書いていただきました。
世界の始まり/世界の終わり
無事終了しました。
どうもありがとうございました。
■セッション2012:2画廊の推薦作家による
出品作家
画廊フルムーン:蓮池もも・早川 昌
楓画廊:コイズミアヤ・鈴木宏美・ヤマクラコウジ
2月10日〜19日11:00〜18:00 15休廊
Kaede Gallery + full moon
この展示について
「みずからみず」に記事を書いていただきました。
世界の始まり/世界の終わり





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■頂いた紙ジャケットのCD
ドビュッシー:映像・版画・喜びの島
高橋悠治 (演奏者) (CD - 2006) - Limited Edition
■読んだ対談
文学界 2012年 02月号 [雑誌]
高橋悠治×保坂和志
ピアニスト、作家、あるいはカフカ
■ここまでにまつわる、私の大好きな保坂さんの本
『小説、世界の奏でる音楽』新潮社 (2008/09)
■私の大好きな高橋さんの本
『カフカノート』みすず書房 (2011/10/21)
■よく聞く高橋さんのCD
『サティ:ピアノ作品集1』
『ゆめのよる』波多野睦美&高橋悠治
『モンポウ:沈黙の音楽』
■最後に紹介した蓮池ももさんの出品する展示
「新潟の画廊から」
アンティエ・グメルス
栗田 宏
蓮池もも
2012.2.24(金)〜3.4(日)
11:00〜18:00 会期中無休
会場/ギャラリーKANI
主催・新潟絵屋
■追伸でシビレたと書いた絵はがきは勝本みつるさんのもの
あっというまに
まっしろになりました。
白くて
明るくて
静かで
あたたかい夜です。